小川榮太郎の書斎から ティーレマン&シュターツカペレドレスデンの横浜公演――奇跡と超越の2時間
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ティーレマン&シュターツカペレドレスデンの横浜公演――奇跡と超越の2時間

 ティーレマンのブルックナーは、演奏史的に見て、既に至高の領域、神話の領分に達してゐるのではないか?
来日公演初日の《第9》に、私は今、ぶちのめされ、圧倒され尽くされ、茫然としてゐるところである。
 第一主題が出るまで延々と何分も掛かる一楽章、最初の弦のトレモロ、管楽器の間で運命の啓示のやうに明滅する主題の断片、それがゆつくりと育ちながら、つひに63小節に至つて、第一主題全体が提示されるに至る――この最初の数分だけで、私は、どんな演奏会でも経験できない程の未聞の響きと思想の豊饒とに、身も心も揉みくちやにされてしまつた。こんな強烈な音のドラマと深遠な瞑想がこれから1時間も続いて、身が持つのか? 
 空前絶後の特異な和声と楽器法が駆使され、全ブルックナーの作品の中でも、激烈といふ他のない音による苦悶と葛藤、そして手放しの神への懇願に溢れたこの作品が、今日のティーレマンの指揮では、裸形のまま私の心を突き刺す。
感動といふ言葉では表現できない。音による、この祈りと絶望と慰藉とは、身の置き所がない程、私を懊悩させ、一楽章が進むにつれ、ホールにゐる事に堪え難くなる事さへ再三だつた。
 とりわけ、再現部の第二主題からの祈りの深さ、そして宇宙の崩壊のやうに響く巨大なコーダは、一緒に絶叫して泣き叫びたくなる程、その全ての音が、痛い。無論、ティーレマンが指揮するシュターツカペレドレスデンの音は、刺々しいどころか、絶美といふ他のないやはらかく深く響く。が、ブルックナーの孤独と絶望と不安と祈りは、美の極限に達したアンサンブルによつて、残酷なまでに生な聲となる。叫びとなる。「美といふものはおつかないもんだよ」――『カラマーゾフ』の中のミーチャの一節が私の頭をよぎる。さう、ティーレマンの演奏するこの曲は、ブラームスやルノアールが美しいやうにではなく、ドストエフスキーやゴッホが美しいと言へるとすれば、それと同じやうな意味で、美しいのだ。
 オーケストラとティーレマンとの一体化も信じ難い。こんな風に一人の人間の歌のやうに純粋無雑な指揮者とオーケストラとの共同作業を、少なくとも私は、生れて初めて生で聴いた。それは例へばクライバーやバレンボイムがムジツィーレンする喜びや愉しさといふやうな一体感とは少し違ふ。チェリビダッケのやうな強烈なオーケストラ支配とも違ふ。ティーレマンは、ブルックナーと一つになる事しか考へてゐない。オーケストラはそのティーレマンの無心の中で、彼ら自身も全く音楽そのものだけに没頭する、さういふ風に彼らは一人の歌ひ手となるのである。
 厳粛な、いや寧ろ凶暴な舞踊としての第2楽章、そして、ブルックナーが人生の最後の瞬間に心の耳でとらへたあのアダージョ……。
 過剰な感情移入もなければ、逆に純音楽的なアプローチといはれるやうな音楽への過剰な自制もない。音はただ無心に歌はれ続け、音楽は、一層、生々しい。9度の飛躍から始まる冒頭、不安に魂が引き裂かれる音がめりめりと聞こえるやうなあの痛みから、たつた4小節の間に、突如甘美極まる慰藉に満たされ、それが今度は上昇するメロディーに乗りながら神への途方もない憧憬のエクスタシーに上り詰める、異様に飛躍的で濃密な時間。まるでシベリアの雪原でオーロラを見るやうに壮大な17小節からのクライマックス。純朴な祈りとしての第2主題。ティーレマンの演奏は、全く無心で、解釈の後をまるで留めない。
 だが、それは何といふ無心だらう!
 阿鼻叫喚と祈りと絶美の官能を、絶えず行き来しながら、音楽は、つひに、再現部の終り、強烈な13度の完全和音で、極彩色の地獄絵図を描く。砕かれた音の破片が強烈なカタストロフと共にホールを粉砕する。
 が、何と美しい、それは粉砕であつた事か。
 砕け散つた響きの破片がホールの隅々に溶け去つた後、ブルックナーは、彼岸で目覚める。
 悪夢としての人生は終つた。
 霊界の風が吹く。
 ブルックナーは最初は疑はし気に、静々と歩き始める。人生では全く得られなかつた魂の平安に、彼は初めて満たされる。最早祈りは要らず、栄光を称へる壮大なファンファーレも要らない。
 あるがままが、そのまま安らぎだからである。安らぎだといふ確認も、改めての慰藉も必要ない。ここに至つて、ブルックナーは間違ひなく、神の優しい後ろ姿を見たに違ひない。
 ティーレマンの演奏は、最早、演奏について論じる余地を残してゐない。彼はブルックナーの魂が経験した通りの《第9》を演奏した、さういふ他に私には判断も言葉もないやうである。
 神に捧げられたこのブルックナーの遺作は、今日、神の聲として蘇つた。
 誰に神の聲を批評できようか。

                                   *

 2月23日、24日はサントリーホール。24日は今日と同じプログラムの再演である。空席がまだあるといふ。これを聞き逃す手はない。音楽を愛する人ならば、これは生涯の記念碑となるに違ひない。
○チケット情報はこちらから↓
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小川榮太郎

Author:小川榮太郎
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