小川榮太郎の書斎から 政治
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安倍談話、メディアの暴力、他の雑録。

Facebookへの投稿を転載する。
1 首相談話で御詫びをさせたくて仕方のない日本人が沢山ゐる。人類史上珍無類の奇獣である。御詫びをするといふのは、心の痛み、屈辱を伴ふ行為だ。今、声高に御詫びを入れろと言つてゐる日本人の中で、「日本人として詫びる事の本当の痛み」を実感してゐる人は一人もゐない事を私は断言する。
 彼らは自分の犯したどんなささやかな過ちでも御詫びから逃げ続けるやうな連中ばかりに違ひない。ところが主語が日本になるとふんぞりかへつて偉さうに詫びろ、詫びろと要求する。日本人の歴史の中で最も醜い連中だらう。
 私の悩みはずばり。日本の為には戦ひたい。が、私は自分よりレベルの低い人間を相手にするのは本当に苦痛なのだ。人類で最も偉大な人だけを相手にしたいし、最も壮大な学問を狙ひたい。平成日本猿を相手に、おまへはこんなに醜いだの間違つてゐるだのと言ふ事程苦痛はない。猿は築地や本郷にゐないで、高崎山にでも帰つてくれないか。背広も必要ないし、本能のまま喚けるし、快適だぜ。帰れ帰れ、御山に帰れ。そここそ君ら安住の地。

2 「メディア全体主義」の暴力から「言論の自由」と「国民の知る権利」を取り戻したい。それだけの事なのだが……。
 日本の組織といふのは、すぐに大企業病を起すねえ。霞が関もさう、官邸もさう、永田町もさう、大手メディアもさう。個々人には志も見識もある人が多数ゐるのに、組織内部の人間が、巨大な不合理、不条理を、本当に誰も正さうとしないね。
 皆、組織の論理にすぐ身売りしちやう。なんでこんなに勇気ない人ばかりなんだ。勇気があつては生きてゆけないのかな。私は浪人人生しかした事ないからそこは判らない。浪人人生は生存の危険といつも隣りあはせな代り、身売りはしない。体一つで攻め続ける人生だつたなあ。……
 まあ、それはいいとして、メディア内良識派の皆さん、そろそろ内外呼応して、立ち上がりませんか。
 ……それにしても体調が。早く全力投球したい。昨日よりはだいぶいいが。(コマーシャル:新刊『一気に読める 戦争の昭和史』を宜しく(*^。^*))
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北岡伸一氏に借問す「大東亜戦争の定義はできない、それが学的良心ではありませんか?」

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 七十年前の今日未明、東京大空襲。非戦闘員10万人が米軍空爆で殲滅。罹災100万人。

 奇しくもその日に、次の記事が配信された。

「戦後70年の安倍晋三首相談話に関する政府の有識者会議「21世紀構想懇談会」で座長代理を務める北岡伸一国際大学長は9日、東京都内で開かれた国際シンポジウムのパネル討論で、先の大戦に言及し、「日本は侵略戦争をした。私は安倍首相に『日本が侵略した』と言ってほしい」と述べた。」

驚くべき発言である。

そもそも安倍談話は未来志向を総理自ら打ち出してをられ、この発言はそれに全くそぐはないといふ点は今はおき、ここではあへて侵略戦争といふ言葉にこだはるが、

日本が戦つた支那事変から対英米蘭戦争―総括して大東亜戦争―は人類史上最も大規模な戦争の一つであり、○○戦争と定義する事は不可能なのです。したがつて、私は大東亜戦争を聖戦、義戦だと定義もしないし、自存自衛だと定義もしません。きちんと戦争の過程を調べれば、そのやうな一つの角度から戦争の性格を規定する事が全くナンセンスな事はすぐに分ります。

侵略戦争か、自衛戦争か。侵略戦争か、アジアの解放戦争か。このやうな問ひ自体が無意味です。

支那事変は、日本の侵略戦争だとも、支那側のナショナリズムの暴発に対処してゐる内に戦争になつてしまつたとも、国民党と共産党の内戦に日本が利用されたとも言へる。要するに、多面的な戦争です。戦争といふと戦闘をイメージしがちだが、支那事変にはもつと政治戦的な色彩が強く、さうなると侵略戦争といふよりも内戦に巻き込まれ利用された面が強くなる。かと言つて日本陸軍も当初の和平条件を南京陥落で調子づいてどんどん上げてゆく、それによつて自縄自縛に陥つた面も強い。さうした面を強調すれば、侵略戦争といふより、日本の戦略的愚劣、無為無策、お調子者根性により停戦さへできなかつた恥づべき歴史といふ側面もある。蒋介石や毛沢東は悪辣な陰謀家だが、さうした相手にしてやられるのはやられる方が悪い、それが分らなければ国際社会に一等国面して乗り出すなといふ話です。

対米戦争は、日本の外交戦略・戦略以前の拙劣、そして、日本人の社交感覚が欧米のそれと著しく合致しない等の諸要素があり、一方で、アメリカの大陸利権への野心、コミンテルンの工作が輻輳して、日米の相互不信が高まつた結果起きました。この言ひ方では覆ひきれない様々な要素がここに加はりますが、一言で言へば日本側の自衛戦争として開始され、しかし残念ながら、戦略的拙劣さの累積によつて結果として国が亡び、そのかはり、日本の勇猛さはアジアの解放を決定づけた、これがこの戦争の大局的な像でせう。いづれにせよ、大東亜戦争の主戦方面である対米戦争が侵略戦争でない事には幾らなんでも疑問の余地はない。

対ソ戦争では、ソ連の条約違背による被害国が日本です。ロシアが、時に、日本の戦争責任に言及してくるのは珍妙千万な話だ。

まあ、以上ごく簡単に見ただけでも、要するに大東亜戦争を○○戦争と定義する事は、価値観の問題ではなく、史実に対する規定の合理性の観点から不可能なのです。

つまり、戦争から他のあらゆる要素を捨象して「侵略戦争」だつたと総理談話で発出するといふのは、➀歴史学的にナンセンス。②政治的に70年目に自国を侵略国認定するなど、最悪の国家的損害です。

我が国が侵略戦争をしたと定義するならば、日米戦争のある側面を見れば、アメリカの空爆と原爆は明らかにホロコーストの文脈で語られなければなりません。戦闘行為をどう定義するかと勝敗は関係ない筈ですから、それは当然でせう。それも総理談話に入れますか。

日本軍の戦闘にはホロコーストと類似するものは一つもありません。南京陥落に際して軍規が大幅に緩み、日本軍による失態が演じられたのは事実ですが、ホロコーストと比定される「虐殺」「大虐殺」の呼称には明らかにそぐはない。

一方、無論、ソ連にも中国共産党にも多数のホロコーストの実績があります。それを総理談話に入れますか。歴史学的にはそれらは、日本の侵略戦争とは違ひ、全く異議なしといふべき事例ですが。

彼ら米中ソが総括も認定も謝罪も全くしてゐない中で、当時としては通常の戦争を戦つた日本だけが、戦争責任にあへて言及し続ける事に何の意味があるのか。日本が自らの国家的名誉と外交的自由を失ふといふ以外に何一つ意味はない。

以上時間の無い中での手すさびの一文に過ぎないが、要点は正確に尽くしてゐる筈です。

北岡氏に明快な解答を期待し、この馬鹿げた発言を撤回するか、座長代理を降りて頂くか、してもらひたいと思ひます。


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イスラム国の邦人殺害予告について(1)

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 マスコミや一部の人達から、「傍観しておけばよかつた」とか、「安倍の暴走の結果」といふ安倍非難が又ぞろ始まつた。
 人間の基本がまるでできてゐない人達だと思ふ。
世界の中で日本が積極的に立つとすれば、それは取りも直さず危険を冒すことだ。責任を負ひ、責任を負ふ事で、名誉と真の長期的な安全を手に入れようとする事に他ならない。中東でイスラエルとの友好関係を深め、イスラム穏健派を応援すれば、過激派の反発は避けられない。  
これは日本とは無縁の中東情勢に安倍氏の判断ミスで首を突つ込んだといふ話ではない。支援は全て非軍事的なもので、中東政策全般に関しても、安倍首相による政策変更は全く行はれてゐない。会談やスピーチ内容も、欧米猶vsイスラムの構図には距離を置き、のめり込んでゐない。法の支配を守らうとする国際社会主流派側にあくまでも積極的に立つといふ立場表明であつて、それ以外の何物でもない。そして、中国、北朝鮮、ロシアといふ脅威を抱へる日本にとつて、法の支配の側に立つといふ表明とその言質を死守する事は、即、国際的な信用作り、つまり長期的な安全保障として機能する。
長期的な安全保障の構築とは、敵の明確な設定による短期的なリスクを引き受ける事と裏腹だ。愛国=保守派を自認する人達からさへ、「傍観すべきだつた」、「安倍暴走」といふ声が聞こえるやうだが、保守派は、美味しいとこ取りの偽善的平和主義を撃つてきたのではないのか。
人生は光と影である。美食すれば糖尿病のリスクが生じる。ダイエットすれば日々美味いものを食ひ逃すリスクが生じる。金儲けには倒産のリスク、人に恨まれるリスクが伴ふ。金を気にしない気楽な暮らしをすれば貧窮のリスクを負ふ。日本は、日米安保下で平和と金儲けを満喫したが、国民精神の土台が腐るといふリスク、自前で国を守る戦略も気概もない堕落といふリスクと引き換へだつた。日本は、これ以上無戦略なファジー国家である事は許されない。
個人も国家も全てを同時に手に入れる事はできません。何かを達成しようとする時に、さうすれば○○が失はれる、それ見た事かといふ批判程、馬鹿げたものはない。ならばそれを達成しなくて何故構はないのか。逆に何を達成すべきなのかを言ふべきだらう。
ちなみに今朝の朝日の石合力氏の一面解説、天声人語は比較的妥当な内容だつたと思ふ。事は安倍政権の問題ではなく、世界の対テロ戦争の行方に関はる。良識的な論調の継続を切に希望したい。(続)
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戦後70年安倍談話・短い注釈

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安倍首相が、70年安倍談話に関して「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」と発言した事を、「過去の植民地支配と侵略を認めた平成7年の村山談話など継承する考えを示した」と曲解する向きが、保守派にさへある事に呆れてゐる。
➀「全体として」といふ微妙不可思議な言ひ回しを安倍総理は就任以来繰り返してゐる。その「全体として」が何を指すのかを考へずに論評しても無意味。
②その際、第二次安倍政権の8月15日首相式辞と靖国神社参拝時の恒久平和の誓ひを熟読すれば、「全体として」の凡その方向性と範囲の見当は付く筈だ。
③現時点では、それ以上の憶測には意味がない。
 憶測して騒ぐ暇があれば、大切な節目の年、大東亜戦争についてのしつかりした本を読む静かな時間を持たうではありませんか。少しづつご紹介してゆきますが、『正論』2月号拙稿で取り上げた岡崎久彦著『東郷・重光とその時代』は、標準的な名著となる。是非、御一読を。


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小川榮太郎

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